夜遊びのさ中に降られし老猫が開けて欲しいと玄関に啼く(佐野きく子)
八十余年使い古した我が足を杖に預けてゆっくり歩む(河野かなゑ)
デュエットした九十女性がささやいた「ワタシ施設ヘ慰問ニ行クノヨ!」(井上秀夫)
経典は伝来のままなのかしらお経を聞いても訳はわからず(古田司馬男)
初対面曾孫を抱けば血の通う絆通じたような目差し(川島綾子)
焼け跡のバラック校舎に敗戦を聞きし私は軍国少女(鈴木芙美子)
朝霧に沈みたる街二階より眺むる背なにパンの香の来る(熊崎佐千子)
地震の夜「泊って行けよ」の先輩に感謝しつつも寝つかれぬ床(小椋勝宏)
畑打てば蚯蚓は死ぬと知りながら未必の故意持つわれは畑打つ(長瀬武司)
韓ドラのゆくえにひかれ時刻(とき)過ごし歯医者の予約遅れてしまう(大西富士夫)
絶好の水泳日和のこの陽ざし浮き袋持ち児童の笑顔(安田武子)
好天に庭の草木はのびほうだい男手ほしや男手ほしい(丸山節子)
こぼれ種から咲いた白い花朝顔一輪姉のおもかげ(山田テル子)
他国より押しつけられし憲法と物真似のごと若者の言う(鈴木寿美子)
娘よりばあばの漬物絶品とお褒めのメール “素”使いしに(吉田和子)
山崩れの恐れがあるとわが地区も避難せよとの勧告にたじろぐ(鈴木光男)