五  月  例  会  (第五百二十五回)
            (平成二十六年五月八日)

御手洗の池に憩えば社より篳篥・笙の楽の音もれくる(井上秀夫)

何ひとつ他人に誇れる才なくて馬齢を重ね泣く年となる(七十九才)(古田司馬男)

桜咲くお前もやがて散るさだめしげしげと観るわれも同じと(横山 稔)

去りし友のくれた鈴蘭今年また季節忘れず可憐に咲けり(大西富士夫)

花吹雪の街を歩みてなお思う真闇の船に親を呼ぶ子ら(韓国船沈没)(鈴木芙美子)

妻の盛る夕餉の卓のほたるいか富山へ嫁ぎし君を思い出す(長瀬武司)

さわやかに鶯の声応えくる曾孫の入学墓前に告ぐれば(小原千津子)

公園で中学生がさわがしく大きな打球に拍手している(福田時子)

盲ひたる友の仕草の痛々しわが身のことに不平言ふまじ(佐野きく子)

筍は慈雨に恵まれ顔を出し今日は二人の友より届く(丸山節子)

開帳の三十三観音を巡るとき自分ではない我をみつめる(河野かなゑ)

ぜいたくな花見弁当食べながら医療費介護に話のはずむ(久野高子)

船の事故隣国といえ胸痛むメールで叫ぶ母への愛を(安田武子)

明日には散るを知るかにこの桜今日の一日を狂ほしく咲く(鈴木寿美子)