夕暮れの露天の湯舟にゆらめきて灯火あかし湯けむりの中に(井上秀夫)
歳経ても荘川桜凛と咲く沈みし村の生命とどめて(安田武子)
ふるさとの活力源となりて欲し今宵の贔屓はFC岐阜なり(横山 稔)
ひよ鳥の餌にと吊しし干柿を窓でこつこつ朝目覚めたる(浅野まつゑ)
草萌えの畷の土のやはらかさ鳧(けり)の親子も午後の陽の中(出町昭子)
椿落ちて山裾の墓しずかなり夫を待たせて二十五年過ぐ(鈴木芙美子)
八十七は三兄弟の平均値おのもおのもの父母の思い出(梅村成佳)
三億円出たとう店に並びおり夢ふくらませ友と二人で(丸山節子)
詰衿をスーツに着替えし孫の顔少し大人び写真にうつる(加藤朝美)
梅の香に酔いたるごとく背を丸め小さき老婆の車いすいく(長谷川和代)
コンサートより楽しまんお揃いの真赤なセーター二人座しおり(後藤清子)
絶筆の母の手紙の出でて来ぬまめで幸せですと書きあり(小原千津子)
土佐水木はじめて見る花うす緑匂ひもなくて赤きしべ抱く(福田時子)
「求めない」の本には足るを知れとあり少し焦げたり一尾の鰯(大栗紀美子)
ほうろう鍋やかん秤に布巾も黄色独りの厨明るくあれよ(小島美年子)
習い事次々終りひと区切侘しさあるもこれでよしとす(鹿野たつ子)
この夜更け街灯たよりに庭掃除夫は昼夜分たずなりぬ(佐野きく子)
うれしくも寂しさもあり娘より傘寿の祝いに洋らんとどく(久野高子)
翁草の故郷訪いし日のありき一鉢生きつぐ我庭先に(林 志げ)
このままに覚めねばよいなとふと思う憂き事のありこの春の夜(鈴木寿美子)
漁師らの生命の重さ分からぬかそこのけそこのけ“あたご”が通る(河野かなえ)