隧道の出口は丸く弧を描き闇に浮かべる紅葉の錦(河野かなゑ)
徳山を釣りに訪ねし日は遥かいま満水の湖畔にたたずむ(井上秀夫)
みなさんと楽しかったと言ふ様な友の遺影になほ湧く涙(出町昭子)
五十歳の次男亡くせし友よりの喪中はがきをじっと見ている(小原千津子)
幼な子に今日も絵本を読みやりぬむかしむかしと気持をこめて(後藤清子)
水路より鷺のしゅっと飛び立ちて白き直線大空を射す(鹿野たつ子)
紅葉狩りついに今年は行かざりきテレビで眺む天空の紅葉(丸山節子)
金沢城石川門の大扉に戦国の世を偲びおりたり(林 志げ)
物故者の増えし淋しさまぎらはし飲み歌ひゐる今宵の仲間(鈴木寿美子)
この処暗きニュースの続く中遼少年の明るい笑顔(加藤朝美)
スーパーの魚売り場に働ける娘を思いて独りの夕餉(鈴木芙美子)
呟きつ押し合う皿の伊勢海老に炭火熾す手戸惑ひ動かず(安田武子)
散りしきる枯葉ざわざわ踏みながら今日も株価の目減りを数う(久野高子)
寛容しぼみ独善ばかりが肥大するまた軽く消ゆ重き命が(横山 稔)
梅干をたっぷり入れて鰯煮る青い魚を無性に食べたく(小島美年子)
手間替えのとうすびきの時呼び会いし名前呼ばわり今も続けり(梅村成佳)
庭木々のひまに赤き実垂れている美男葛は鳥のたまもの(佐野きく子)