一日を咲き誇りたる野牡丹の散りても紫なおきわめをり(鈴木寿美子)
水底の石に光りの波の影映して岸辺の川は急がす(大栗紀美子)
近寄れば泣き声ひときわ高くなる転びし幼なを夕陽が包む(安田武子)
鉢のまま貰いて来たる翁草実生の苗を殖やしてくれと(梅村成佳)
リュック負ふ姿似たれど買出しの中身豊かなレジ袋廃止(出町昭子)
ノーベル賞三人の授賞を一面に名優緒形の訃報も載せて(小島美年子)
四角ばる菜切り包丁手にとれば菜を切る母ゐる眼裏にたつ(横山 稔)
「こんにちは」思わず声をかけてみた案山子おしゃれなエプロン姿(鹿野たつ子)
炊きたての栗のご飯を頂きて胸に抱えて路地帰り来ぬ(鈴木芙美子)
伝説の夜叉姫の里安次の古池青く萩のこぼるる(林 志げ)
木登りの好きな少女のさくらんぼりんごを穫りしは 遥かになれり(丸山節子)
駅前は幾何学模様に描かれぬ四十三階より眺むれば(井上秀夫)
中天の満月庭に腰下ろし暫し見惚るる深夜を覚めて(小原千津子)
冬ごもりの支度できしか蟻たちよここにもあるよ蝉の片羽根(後藤清子)
通院の夕暮れの道にピラカンサオレンジの実があざやかに映ゆ(福田時子)
みじか日の夕暮れの庭ひとところ秋明菊の白じろと咲く(加藤朝美)奥美濃の山に採れたるまたたびを猫のくすりと粉末にする(佐野きく子)
それぞれに生き来し老いら施設にてただに黙して折紙を折る(河野かなゑ)